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領土問題と領海警備
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  日本が抱える領土問題等
日本は四面を海に囲まれているため、現在抱えている領土問題も全て島(諸島・列島)を巡る争いです。日本が領土として主張している限り、海上保安庁がその領海を警備しなければなりません。現在日本は以下の3つの領土問題などを抱えており、ここでは尖閣諸島問題について取り上げます。

日本が抱える領土問題
日本が抱える領土問題


  尖閣諸島問題
尖閣諸島は、石垣島の北北西約170キロの地点にあり、魚釣島、久場島、大正島、北小島、南小島などの無人島からなります。行政上は沖縄県石垣市に所属しており、1895年に日本が無主の地として領土に編入しました。その後国際的に問題となることもなく、日本の領土として支配され、鰹節の製造などが行われてきました。しかし1970年代に、周辺の海底に石油などの地下資源が埋蔵している可能性が判明すると、中国(中華人民共和国)や台湾(中華民国)が自国の領土と主張するようになりました。

1990年代から台湾活動家による尖閣諸島上陸を目指す抗議活動が活発化し、その後香港・中国の活動家なども加わり、2000年代前半にかけて活発な抗議活動が行われました。現在も抗議活動が続いています。

2010年前後になると中国の漁業監視船の接続水域内航行や海洋調査船の事前通報域外排他的経済水域航行が増えており、特に2010年9月の領海侵犯中国漁船衝突事件以降漁業監視船の尖閣諸島への接近が増えています。

尖閣諸島を巡る主な抗議船による抗議活動
1990年 10月、台湾地区スポーツ大会の聖火リレーを行っていた台湾船2隻が上陸を目指して領海侵犯するも、海上保安庁に制止される。
1996年 9月、香港の活動家を載せた抗議船が上陸を目指して領海に侵入しする。海上保安庁は50隻あまりの巡視船艇を集結させて警備を行い、制止する。活動家1人が海に飛び込み死亡する。
1996年 10月、香港・台湾の活動家らを乗せた漁船などの抗議船40隻あまりが上陸を目指して領海に侵入する。海上保安庁では巡視船艇や警備救難艇などを大量に動員して警備を行うも、台湾の活動家4名が魚釣島に上陸し、中華民国の国旗を掲げた。
1997年 5月、台湾の活動家らを乗せた抗議船約30隻が尖閣諸島に接近。うち3隻が領海侵犯するも、海上保安庁により退去させられる。
1997年 7月、台湾の活動家らを乗せた抗議船1隻が領海侵犯するも、海上保安庁により退去させられる。
1998年 6月、香港・台湾の活動家らを乗せた抗議船6隻が上陸を目指して領海に侵入する。うち釣魚台号が領海に侵入するも、海上保安庁により領海外に退去させられ、その後人為的作為により浸水し、海上保安庁による応急処置もむなしく沈没する。
2003年 6月、初めて中国人活動家が乗船した抗議船が領海に侵入。海上保安庁により退去させられる。その後2004年初頭にかけて、中国人活動家が乗船した抗議船による領海侵犯が続く。
2004年 3月、中国人活動家らを乗せた抗議船1隻が領海に侵入。警備の隙をついて活動家7名が魚釣島に上陸する。上陸した活動家は、海上保安庁によって輸送された沖縄県警捜査員により逮捕される。

尖閣諸島を巡るその他の主な事件
2010年 9月、尖閣諸島沖の領海内で不法操業していた中国漁船「?晋漁(みんしんりょう)5179 」が、巡視船の退去命令を無視して巡視船に意図的に体当たりを行った。体当たりにより巡視船「よなくに」と「みずき」が外板や手すりを損傷する被害を受けた。その後船長は公務執行妨害で逮捕されたが、中国政府がこれに強く反発し、報復措置に出た。そのため当時の仙石官房長官らを中心に協議をし、中国政府に配慮する形で処分保留で船長を釈放した。後に那覇検察審査会が船長の起訴相当の議決をした。

  海上保安庁による警備
領土問題が発生した初期の頃は、海上保安庁では第十一管区海上保安本部を中心に常時1〜2隻の大型巡視船を周辺海域に配備して警備を行い、抗議船出航の情報が得られると、1隻の抗議船に対してでも全国から大量の巡視船艇や特別警備隊・特殊警備隊を動員して、毅然とした態度を示す「見せる警備」を行っていました。また上陸された場合に備えて、警視庁機動隊200名を島の警備に付かせる案も検討されました。一時期魚釣島に仮設へリポートを設置していましたが、中国政府の抗議により撤去されました。

1990年代後半から2000年代に入ると、常時1〜2隻の大型巡視船を周辺海域に配備して警備を行うことを継続し、抗議船出航の情報が得られると、抗議船の隻数にあわせて、小回りのきく小型巡視船や大型巡視艇を数隻から10数隻動員して警備を行っていました。

2004年、常時1〜2隻の大型巡視船しか配備していなかったことと、抗議船の出航情報に頼り、その情報により小型巡視船などを集結させて行う警備の隙を突かれて、秘密裏に出港した抗議船により活動家の上陸を許しました。この教訓を元に、拠点機能強化型といわれる巡視船「はてるま」型を建造しています。「はてるま」型は、大型巡視船でありながらウオータジェット推進で小回りがきき、巡視艇やヘリコプターに給油ができ、それらの乗員の休憩スペースも持ち、自らもいろいろな大きさの抗議船のに対処できるように大小4隻の複合艇を搭載しています。現在はこの「はてるま」型を中心に警備を行っています。2011年現在、5隻の「はてるま」型が尖閣諸島を管轄する第十一管区内に配備されています。2004年の上陸事件以降、万が一活動家に上陸された場合は、警察が対処することになり、海上保安庁と警察の役割が明確に分担されました。

また、民間の政治団体が設置した灯台も2005年から海上保安庁が管理しています。




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